かわいいマリー・テレーズ・シャルロット・・1778年12月19日生まれ。ルイ16世アントワネットの最初の子ども。実在の人物
かわいい10歳でフランス革命に遭遇する。
1795年にタンプル塔から釈放された後、ハプスブルク家に保護される。
99年、従兄弟アングレーム公爵と結婚。
ナポレオン失脚後、国王ルイ18世と共に帰国するが、7月革命で再び亡命。諸国を転々としながら、余生を送った。→悲運に心を蝕まれたマリー・テレーズ

目マリー・テレーズの少女時代は、フランス革命の激動と重なります。
両親と一緒だった彼女は、全てを体験したわけであり・・・、こうした体験が感受性の強い少女の精神に何か刺激を与えないはずがありません。
成人してからの彼女は、表情が常に厳しく、一度も微笑んだことがないと言われて、人に対する態度が冷たく、愛想のよさや優雅さに欠けていると評されています。
それもそのはず、フランス革命での過酷な体験が彼女の容貌や、人格形成に決定的な影響を及ぼしていることは、間違いないのでしょう。
罪もない国王の子ども達


かわいいルイ16世アントワネット二男として、1785年3月27日に誕生する。実在の人物
かわいい宮廷で、何不自由ない生活を送るが、1789年6月に、兄のルイ・ジョゼフが病没し、王太子となった。
10月にはチュイルリー宮へ幽閉される。
93年、父が処刑され、同時に亡命していた伯父プロヴァンス伯らによって国王として擁立される。
7月、家族と引き離され、博育官のシモン夫妻と暮らすようになる。
94年、シモンらとも離れ、ひとり牢獄に残されて翌年に他界する。シャルルのあまりにも惨い末期

目これこそ、悲劇の王子です・・。シャルルは、兄、姉のマリー・テレーズ、特に姉とは仲が良く、自分がされて嬉しかったことは、それと同じことを姉にもしてほしいとしばしば要求していたということです。
姉にとっては、本当に可愛い弟だったことでしょう。
罪もない国王の子どもたち
かわいいルイ16世の妹。またの名を、エリザベトとも言われている。実在の人物
かわいい{アニばら}では、一度も出演しなかった彼女ですが、実際の所重要なポジションにあたる彼女。兄夫婦を慕い、一生独身を貫く。
義姉であるアントワネットが、最期の手紙を送った相手。
血縁に裏切られたことなどに取り乱し、しばしば義姉になだめられていた。
彼女も、断頭台の犠牲となる・・・。→遺書を託された天上のプリンセス

目兄夫婦を慕い、亡命をも共にした彼女は、兄夫婦と共に断頭台の露と消えました。
アントワネットとは、とても仲が良かったという彼女は、天使のような心優しき女性だったということです。
かわいいウィーン駐在大使時代に、女性関係の派手さから、女帝マリア・テレジアに嫌われてフランスへ送還された。僧侶としてはフランス最高の地位にあったが、アントワネットは、母からこの‘破戒僧‘について注意されていたので、彼女にも軽蔑され、嫌われていた。実在の人物
かわいいローアンは、逆にアントワネットに惚れていた。そこをジャンヌに利用され、首飾り事件に関与するが、高等法院によって無罪となる。
目僧侶という地位は、第一身分なのにも関わらず、女関係に関しては、相当知能の低い人物だったのでしょう。この、首飾り事件・・・ジャンヌが賢いのか、ローアンがバカなのか・・・。
かわいいオルレアン公フィリップ・・・ルイ16世の従兄。実在の人物
かわいい王座を狙う野心から、居城パレ・ロワイヤルを第三身分の男たちのサロンとして開放し、早くから味方につけていた。ロザリーオスカルを地下に監禁もした。
目悪役です。漫画ではそこまで悪くは描かれていませんでしたが、テレビ版では、王座を狙う、卑怯で嫌な人物でした。
実際に、ジャンヌを牢獄から脱獄させたのも、この人物ではないかと言われています。
かわいいフランス近衛隊時代のオスカルの部下。
自分のルックス、家柄などに並々ならぬ自信を持っている。キザなナルシスト。架空の人物
かわいい初めて出会った時から、ずっとオスカルを愛していたという。アニメ版では、オスカルの父親ジャルジェ将軍に、「お嬢さんを頂きたい」と、話しをしに行っている。
鼻持ちならない自信家ではあるが、オスカルへの愛は本物である。アンドレを愛するオスカルの為、自ら身をひいて去っていった。
目ナルシストなキザな人物ではあるが、性格が悪いというわけではなかったようです。ちなみに、池田先生が好きなキャラの1人みたいです。
確かに、抜け目のないジェローデル。しかし・・・万が一オスカルと結ばれていたとしても、愛人は沢山いそうな気がします。
彼は、女を悩ませる典型的なタイプの男の人でしょう。
ベルバラキッズのジェローデル
かわいいアラン・ド・ソワソン・・・貴族でありながら、平民よりも貧しい暮らしをしてきたアラン。フランス衛兵隊隊員。士官学校卒業後、少尉の位を与えられるが、妹に手をだした前隊長を殴った罪で兵卒へ転落した。架空の人物
かわいい宮廷に出入りができる大貴族に、強い憎しみとコンプレックスを持っている。
溺愛していた妹のディアンヌが、婚約していた貴族の男に裏切られて自殺したため、ますます貴族を憎むようになった。→自殺したアランの美しい妹ディアンヌ
隊長として、そして同時に女としても好きになったオスカルと共に、革命に命を燃やす。
目テレビ版では、オスカルに恋をするということはなかったですね。ただ、尊敬するようになるというのはありましたが。
そして、原作とは、性格が違います。荒っぽいのだけは、変わりませんがね・・・。
最愛の妹が自殺し、その変わり果てた遺体のそばから離れない彼の姿には、胸がしめつけられました。
ベルバラキッズのアラン
かわいいベルナール・シャトレ・・・さる貴族の愛人の子として生まれる。5歳の時に、屋敷を追い出されて絶望した母親に心中未遂を起こされる。架空の人物。ただ、モデルは存在する。ベルナールのモデル・・カミーユ・デムーラン
かわいい貴族への恨みにより、上流階級の家から金目のものを盗み、貧しい人達に届けるという黒い騎士という名の義賊になった。その後、捕らえられたオスカルの家で出会ったロザリーと恋に落ちる。
ロザリーとの結婚を期に、盗賊を廃業し、本業の新聞記者として反国王派の活動をするようになる。
目オスカルに、「王妃の犬め!」と失礼な発言をした彼。しかも、アンドレの左目から光を奪った憎き相手・・・・。彼は、オスカルに逃がしてもらうと共に、ロザリーまで嫁としてもらっていくという始末であり、ある意味幸せな男
少々、マザコン気もある。しかし、可愛い所もあり、久々に訪ねてきたオスカルと会って、嬉しさのあまりにオスカルに抱きつくロザリー・・・その姿をみて彼は嫉妬する。そして、オスカルにこう言う。「おまえが男だったら・・間違いなく決闘を申し込むところだ」嫉妬を隠す為にキザっぽく発言しています。
かわいいルイ・アントワーヌ・レオン・フロレル・ド・サン・ジュスト・・・1767年8月25日、中部フランスの農家に生まれる。実在の人物
かわいいエロティックな風刺歌「オルガン」で、伝統、権威、国王を批判したサン・ジュスト。
ロベスピエールの意志に賛同し、ジャコバン派に入る。最年少議員として国民公会に参加し、ルイ16世の死刑を決定する演説をした。だが、ロベスピエール同様に、26歳の若さで断頭台で処刑されてしまう。
目一見しただけでは、男なのか女なのかわからないような妖しい美貌の持ち主。オスカルも初めて会った時、女だと勘違いしてしまう。そして、美人だ・・・と、あのオスカル様が関心を持つ程の美貌。→美貌の革命家サン・ジュスト
かわいい1758年、北フランスのアラスに生まれる。6歳の時に母に死なれ、同時に父親に捨てられた不遇の過去をもつ。実在の人物
かわいい地方で弁護士をやっていた時から、カリスマ性を認められ、1789年の三部会では平民議員として選出される。
やがて、貧しい民衆の味方をするジャコバン派の指導者になり、共和政の国家を押し進め、革命の中心人物となった。しかし、志半ばで、彼もまた断頭台の露と消えた。
目アントワネットが処刑された翌年、彼もギロチンで処刑されている。何と皮肉なことであろう・・・。→ロベスピエール血の粛清
かわいいジャルジェ家に昔から乳母として仕えている老齢の女性。アンドレの祖母にあたる。小柄なのに、バイタリティ溢れる性格。架空の人物
かわいい末っ子のオスカルが、オスカルの姉達のように女としての幸せを掴めることを誰よりも願っている。
アンドレとオスカルの死後、二人についていくように静かにこと切れていた。
目大好きなキャラの1人です。オスカルの事を思う気持ちは人一倍で、よくオスカルが怪我をするとアンドレに、「このでくのぼう!!役たたず!」厳しく叱責する。一度、オスカルとアンドレが酒屋で暴れて怪我をして帰ってきた時に、アンドレはばあやにヤキを入れられ、「ばばあのくせになんて力だ・・・」とふてくされているシーンがある。
そして、ジャルジェ将軍がオスカルを男として育てることにはなっから反対していた。テレビ版では、オスカルがポリニャックの陰謀により、怪しい男に襲われ重症をおう。その時、ばあやはジャルジェ将軍を睨み、大泣きしながら、「だから男として育てることに反対したのですよ〜」とわめいている。さすがのジャルジェ将軍も、「そうだな・・・私が悪かった・・」と必死でばあやを宥めるシーンもある。
そのくらい、ばあやがジャルジェ家のお嬢様方を思う気持ちは人一倍なのです!実孫のアンドレにも、厳しい半面愛情ありましたね。



かわいい王家の軍隊を統率してきた由緒ある家の当主。娘ばかり6人も生まれたことに腹をたて、オスカルを男として育てることを決めたのが、父であるこの人だった。実在の人物をモデルしている。実際に女系家族だったかは不明
かわいい民衆に感情移入するオスカルと心のズレを感じているが、オスカルのことは父親として愛している。オスカルに幸せになって欲しいあまりに、厳しくあたってしまうこともしばしばあった。
アンドレの、オスカルへの気持ちを知った時、「おまえが貴族だったら・・・」と発言している。
目今でいうと、頭カチコチおやじですかね。しかも、教育が実に厳しいです。女であるオスカルに、何度か手をあげています。
しかし、厳しい半面愛情たっぷりのお父さんだったように思えます。

 そんな、ジャルジェ将軍の、家で肩身の狭い思いをする話しが見たい方は・・・外伝「ジャルジェ将軍の息子現る!?」へどうぞ☆
かわいい1717年、神聖ローマ皇帝カール6世の長女として生まれる。父の死後、オーストリアの女帝に。実在の人物
かわいい長い間続いたブルボン王朝との覇権争いを終らせる為に、末娘アントワネットルイ16世と政略結婚させた。自分で仕込んだ結婚でありながら、アントワネットの無邪気さに不安を覚える。→マリアテレジアが怒った娘の肖像画
そしてその不吉な予感は、テレジアの死後、現実のものとなった。
目政治に関しては素晴らしい才能を持っていたという肝っ玉母さん。女性でありながら、数々の戦争を闘い抜き、深く神を敬い・・貧しい者の為に小学校をつくり、賦役を減らし、家柄よりもひたすら才能を重んじ、大オーストリア国民の高き心の支えであった偉大なる女帝は、愛する娘アントワネットの教育はあまり上手にできなかったといえる。しかし・・・、63歳で亡くなったが、アントワネットの不幸な結末を見ることなく先立ったということで、ある意味良かったのかもしれない。
ちなみに、アントワネットは長女にマリー・テレーズという名前をつけている。この名前は、母マリア・テレジアの名前をフランス語にしたものだそうです。相当、母親の事を尊敬していたということですね。→罪もない国王のこども達
かわいいルイ15世の愛人として、ベルサイユ宮殿に君臨。元は、娼婦だったにも関わらず、貴族の男と書類だけの結婚えおして相手を毒殺。まんまと爵位を手に入れ、宮廷に出入りし、ルイ15世の愛人ということになったのだ。実在の人物
かわいい愛人となってからは、わがままのし放題。身の程をわきまえず、正式な王太子妃であるアントワネットと勢力を争うという愚行を犯す。しかし、ルイ15世の死により、ベルサイユ宮殿から追放。国家の囚人としてポン・トーダムの修道院に入れられてしまった。
目池田先生がおっしゃるには、デュ・バリー夫人は、作品中では高慢ちきで気の強い女性として描かれていますが、実際は心優しく、素直で思いやりのある女性だったそうです。ルイ15世も、だからこそ寵愛したのだし心を許し安らぎとしていたのでは。
ただの豊満な肉体を誇示する卑しい淫らな女性ならば、ルイ15世にも気に入られなかったのだと思います。→元娼婦デュ・バリー夫人のシンデレラ物語
噂では、猿を飼っていたということなのですが、実際どうなのでしょう・・・。
かわいい1710年フランスに生まれる。4歳で即位し、数多くの寵姫や愛人を作った。
太陽王と呼ばれたルイ14世のひ孫で、ルイ16世の祖父。実在の人物
かわいいマリア・テレジアに、「宮廷をめかけの天下にしてしまっているあの色気じじい」とまで、言われる程の、色好みの王だった。それに、王としての自尊心と自意識だけは立派だったが、少々感情的な所もあり、あまり政治向きの性格ではなかったという。
かわいい1774年4月27日、狩りの最中に疲労感と頭痛に襲われて床につく。そのまま天然痘を発症し、苦しみぬいた末に死亡した。1774年5月10日逝去。→女好きルイ15世の凄まじい死に方

目この色気じじいが・・・もとい、ルイ15世が天然痘の初期症状の激しい頭痛と疲労感に襲われ、狩りから大トリアノンに帰った時に、侍従から「ご病気はベルサイユで」と言われたそうである。なぜならば、国王は宮殿以外で病気になったり死んだりしてはいけないのだ。それは、国王逝去に対しての儀式も多いからである。それにしても・・・人が苦しんでいる時に、儀式やしきたりなどあれこれ言われてもいい迷惑である。王様も大変である。
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