泣き虫ロザリー
ぴかぴか(新しい)テレビ版ベルサイユのばらは、全40話です。
コミックと内容は少し違いますし、オスカルも、コミックに比べると完璧人間で、落ち度がなく、余計かっこよくみえます。
そして、ロザリーは40話中に15話登場しますが、調べた所・・・13話涙を流していました!!以下に、詳しく書きます。
6話 「絹のドレスとボロ服」
ロザリー初登場!しかし、ここでは涙は流してません。
10話 「美しい悪魔ジャンヌ」
働く所がなくて、家出したジャンヌに助けを求めに行くが、ニコラスに鞭打たれて、姉さんの変わり様に涙・・・
11話 「フェルゼン北国へ去る」
ドゲメネに、近所のピエールが騙し打ちされ、殺される。
その際にも、涙を流し呆然と立ち尽くしていた・・。
14話 「天使の秘密」
母を、貴族の馬車(ポリニャック)に轢き殺され号泣する
16話 「母、その人の名は・・・?」
オスカルの部屋でオスカルへの思いを馳せ、涙を流す
17話 「今めぐり逢いの時」
舞踏会でポリニャックを見つけ、殺そうとするがオスカルにとめられる。そしてその後、悔しくて涙を流す
18話 「突然イカルスのように」
オスカルが、暴漢に襲われ怪我をし、「あたしの足手まといで」と涙する。
19話 「さよなら、妹よ!」
生みの母親がポリニャックだと知る。そして、義妹のシャルロットが自殺を図り、号泣する。
21話 「黒ばらは夜ひらく」
オスカルの別荘に訪れたロザリー。海辺を走っていたら、ジャンヌ姉さんがオスカルに賄賂を・・・。特に泣くシーンはなかったです。
23話 「ずる賢くてたくましく!」
ジャンヌが首飾り事件で容疑者に・・。ロザリーは、オスカルにジャンヌは姉さんだと告げる。そして、母さんの形見の指輪をジャンヌに渡して欲しいと、涙を流しながらオスカルに言う。
24話 「アデュウわたしの青春」
ポリニャック家へ行くと決め、オスカルに別れを告げる際、涙を流している
33話 「たそがれに弔鐘は鳴る」
久々に、アンドレとの再会を果たしたロザリー。この時、既にベルナールと結婚をしている。そして、アンドレにオスカルの相変わらず元気な事を聞き、涙を流す
38話 「運命の扉の前で」
民衆側についたオスカル。ロザリーと再会し、ロザリーは涙を流しながらオスカルに抱きつく。
39話 「あの微笑みはもう還らない!」
アンドレが死に、涙を流す
40話 「さようならわが愛しのオスカル」
オスカルが死に、絶叫そして号泣する・・・。
以上、ロザリーの泣くシーンでした。
実際、コミックではオスカルに「大きい目をして・・・相変わらず泣き虫さんだ」と言われていますわーい(嬉しい顔)
 



マリー肖像画
ぴかぴか(新しい)アントワネットの肖像画は、フランスとの縁組PRの為の肖像画から、死刑直前に描かれた寡婦カペー像(アントワネットのこと)にいたるまで、枚挙にいとまがない程多く描かれている。写真代わりと言っても過言ではないだろう。しかし、画家によって個性があったため、より美しく描いてくれる画家を重用したようである。
この画像は、アントワネットがフランス王妃となり、ウィーンの母マリアテレジアに送った問題の肖像画である。テレジアは、この肖像画を見て怒りまくる。「これは、フランス王妃の肖像画なんかじゃなくて、派手に着飾った女優の肖像画でしかありません!このように、愚かしくけばけばしく飾り立てているのが私の娘だなんて!こんなものはすぐにフランスに送り返してしまいなさい!」と・・・。そして、テレジアは、娘を余計心配します。愛しいマリー・・あなたはわからないのですか?若くて美しい女性・・ましてや優美さと魅力に溢れた女王にはこんなごてごてした飾りなど必要ないということが・・・・!あんな贅沢な宝石やら羽飾りやらにうつつをぬかして・・一体どのくらい莫大な税金が支出されているか、あの子はわかっているのだろうか・・母上の言うとおりでございます。女王としての威厳を持っている誇り高いマリアテレジアは、女性として母として娘のけばけばしい姿にショックを受けます。→浪費の女王アントワネット
しかし、娘の行動についてのショックはまだまだこれから山ほどうけることになります。
それにしても、本当に若いからこそ派手に着飾る、けばけばしくなる必要はないのですよね。それは、今の時代の若い娘にも充分言えてることなのでしょう。
国王の子ども達
ぴかぴか(新しい)この画像は、ルイ・ジョゼフが亡くなり、残った子ども達です。尊敬する母、マリア・テレジアの名をフランス語に変えてつけられた名前の第一王女マリー・テレーズと、第二王子のルイ・シャルル
国王だったルイ16世が処刑された後、跡継ぎにあたる王子ルイ・シャルル共和国の一員となるために、アントワネット達から引き離されます。
幼かったルイ・シャルルは自分の名前も身分も忘れてしまう。そして、母を忘れ、国王であった父も忘れ・・・兵士に混じって革命歌を無邪気に歌うシーンは残酷である。シャルルは、母が投獄されているコンシェルジュリについてある市民に聞きます。「あそこには、誰が入ってるの?」そして・・・市民は、こう返します。「あそこには、俺達を苦しめた悪い女が入ってるんだ。」シャルルはそれを聞いて・・・「ふう〜ん。早くくたばればいいのにね。」まさか、自分の母親が入ってるとは思いもしません。→ルイ・シャルルのその後の行方
そして、第一王女マリーテレーズも、母と引き離され・・・・噂ではウィーンの宮廷に引き取られたと聞きました。そして、何年かして、フェルゼンが偉くなりウィーンの宮廷へ行った時、宮廷の人が気を利かせて、引き取られていた娘のマリーテレーズの姿を少し見せてあげるのだった。その姿が、アントワネットに生き写しで、フェルゼンは彼女が階段から降りてくるのを、目が涙でいっぱいになりよく見えなくなってしまう・・・というエピソードもあります。
罪もない子ども達・・・国王の子どもというだけで、こんな目にあおうとは・・・。
アンドレとオスカル
ぴかぴか(新しい)アンドレにとっては、夢にまで見た展開です。あんなにも手の届かなかったオスカルとの最初で最後の一夜である。
男性社会の中で、誰よりも勇ましくあろうと頑張ってきたオスカルが、初めて女性として、涙ながらにアンドレに愛を求めた・・・。「私だけを一生涯愛しぬくと誓うか!?」そして、アンドレは・・「千の誓いがいるか、万の誓いが欲しいのか。俺の言葉はただ一つだ。果てしない時を掌にほのぼのと息づいてきたもの。時に燃え、時に眼とじ。あ・・・あ、絶えているばかりに胸震わせ、命かけた、ただ一つの言葉をもう一度言えというのか?」
そう、やっと二人の魂が結ばれた瞬間である。
しかし、その次の日に・・・まさかアンドレがオスカルをかばって死ぬとは思ってもいなかったのであろう。そして、その翌日には後を追うようにオスカルも銃弾で狙撃され、戦死する。
かくして、二人は死をもって結ばれることとなる・・・・。
オスカルドレス姿
ぴかぴか(新しい)オスカルの一生に一度だけのドレス姿です。アンドレなんて、ドレス姿を見る前に、「オスカルがドレスを?のっぽのカカシに布切れかぶせたようなもんだよ」なんて失礼な発言をしていますが、実際に見て、オスカルの美しさに目がチカチカすることとなります。
そして、フェルゼンが、女性としてオスカルを見た唯一の時です。オスカルも、女性としてフェルゼンとダンスを踊ることができて・・・しかし、どんなにせつなくどんなに心苦しかったのでしょう・・・。
オスカルは、もう二度とドレスを身に纏うことはありませんが、女性として一生に一度は着といて良かったのでしょう。でも、やっぱりオスカルは軍服姿が一番ですね!


シャルロット嬢
ぴかぴか(新しい)シャルロットは、ポリニャック夫人の愛娘です。そう、ロザリーの義妹にあたるわけです。ちなみに架空の人物です。
シャルロット嬢は、11歳で、母の命令によって43歳のド・ギーシュ公爵と結婚させられることになるのです。
そのド・ギーシュはテレビ版では、登場するのですが・・・正に変態ロリコンおやじといった人物なのです。
ポリニャックとド・ギーシュとのこんな会話のやりとりがあります。
「公爵様・・・シャルロットはまだ11歳ですのよ・・・」「構いません構いません・・若ければ若いほどいい・・・ふぉっふぉっふぉ」「おほほほ・・・」
母であるポリニャックも、自分の家の為に、こんな変態に愛娘を嫁がせるとは最低最悪な女です。しかも、初めてシャルロットをド・ギーシュに会わせた時に、あまりにものショックにシャルロットはその場で失神してしまうのですが・・・。ド・ギーシュはなぜ気付かないのでしょうか・・・・。
シャルロットは、オスカルに恋をしていました。彼女は、「もっと大きくなって・・・恋をして・・・そしてオスカル様のように素敵な人の所へお嫁に行きたかった・・・!」と泣きながら言ってます。それは、無論その方が良いです。
そして彼女は相当悩み、結婚を苦にとうとう飛び降り自殺を図ります。ロザリーとは最初、オスカルを巡って色々問題はありましたが、徐々にロザリーには心を開きかけていた矢先のことでした。姉妹だということを名乗り合うこともなく、彼女は11歳という若さで亡くなったのです・・・。
しかし、あんなおやじの所へ嫁ぐぐらいなら、死を選んで正解だったと思います。死ぬ直前、「次生まれてきたら貴族なんて・・いや・・」と呟いています。貴族だろうと平民だろうと王族だろうと・・自由が一番ですね。→可哀相なシャルロット自殺・・動画


サン・ジュスト
ぴかぴか(新しい)フロレルという愛称で呼ばれているサン・ジュスト。
本名:ルイ・アントワーヌ・レオン・ドゥ・サン=ジュスト

1785年、ソワソンのオラトリオ派の学院を修了後、1788年にランス大学法学部に入学。入学後1年を経ずして学士号を取得した。
1789年にはエロティックな風刺歌「オルガン」を地下出版し、伝統、権威、カトリック教会、国王を批判。追われる身となる。この時、ベルナールロザリーの家にご厄介になっている。
1790年には23歳で国民衛兵隊長となり、その年の7月14日の連盟祭に参加。1791年には「革命及びフランス憲法の精神」を発行し、革命の最中にあって最も若い理論家となる。
 その生涯において数々の名演説を残すが、もっとも有名なものは1792年に8月10日の革命後に行われた国王裁判での「処女演説」。
サン・ジュストは25歳の若さで国民公会議員として参加。その痛烈かつ冷徹な演説により、ルイ16世の処刑を決定付けた
しかし、運命の「テルミドール9日」(1794年7月27日)の翌日、最後の演説を反対派に妨害されて果たせぬまま、ロベスピエールと共に26歳の若さで断頭台の露と消えた。
その美貌と冷厳な革命活動ゆえに「革命の大天使 (Archange de la Revolution)」との異名をとる。
ちなみに、テレビ版では反王政の冷酷なテロリストとして描かれている。自称、「花のサン・ジュスト君」だそうです。


ディアンヌ嬢
ぴかぴか(新しい)フランス衛兵隊達の憧れの的だったアランの妹である、ディアンヌ・ド・ソワソン。
以前、面会で兄に会いに来た時、衛兵隊の隊長に部屋に連れこまれそうになったことがある。それぐらい、男を夢中にさせてしまう魅力的なディアンヌ嬢。しかし・・・この画像は、なんだか輪郭がおかしいですが、池田先生の絵では、素晴らしく可愛い女性です
オスカルも、ディアンヌにロザリーの面影を重ねます。花のような可憐な少女・・・。
そんな美しい花のようなディアンヌは、貴族の相手との結婚を楽しみにしていました。しかし・・・、結婚間近という時に相手は金持ちの平民の娘と結婚してしまい、ディアンヌは裏切られ、首をくくって自殺してしまうのです。
ただ、貴族というのは名ばかりで・・・実際に財産がものをいうのである。アランの家庭は、金もなくて、平民以下の暮らしをしているのが事実なのである。
兄であるアランは、溺愛していた妹だけに、嘆き悲しむ。
 花の命は短いといいますが、正に美しいもの、清らかなものほど短命なのでしょうね。いつの時代も・・
ジョゼフ王太子
ぴかぴか(新しい)生まれた時から、将来のフランス国王となるべく育てられた王家の第一王子
母、アントワネットに似たのか、非常に美しく賢い少年だったが、6歳になってすぐに難病である脊椎カリエスにかかってしまう。ムードンの城にひとり移り、静養をしていたが病状はいっこうに回復しなかった。
オスカルの事が好きで、可愛らしく涙ぐましい告白をしている。「あなたが・・・好き。今度・・・生まれてきたらきっと・・病気なんかしないで・・・元気で大きくなって・・・・立派な青年になって・・・だから・・・待って・・・急ぐから・・・・」
彼は、自分の命が短いことをわかっていたようである。そして、アントワネットやオスカルの祈りも空しく、7年と8ヶ月という短い生涯の幕を閉じた
。そして、アントワネットは彼の死によって、今までの自分の過ちに気付く。それは・・・国庫が空っぽであり、ジョゼフのお葬式をする金がなかったのだ。アントワネットは、今まで散々浪費してきた罰だと思い・・・嘆き苦しむ。しかし、時既に遅しとは、正にこのことである。
しかし、ジョゼフはフランス王家の最後の悲惨な状況を見ることなく、ある意味幸せだったかもしれない・・。
デュ・バリー夫人
ぴかぴか(新しい)ポンパデウール侯妃の死後、ルイ15世の寵妃になるのが、このデュ・バリー夫人こと、ジャンヌ・ベキュ。
1743年、パリ郊外に尻軽な町の料理人の子として生まれた。父は、何処の誰だかわからない私生児。
洋装店の売り子だった20歳の時に、デュ・バリー伯爵と出会う。昼間はヒモである伯爵の指図で娼婦として働き、夜は彼とベッドを共にするという生活をします。この時の客である、リシュリュー公という人物によって、ルイ15世と出会うことになります。
当時、ルイ15世の公式寵妃を誰にするかで、宮廷内に陰謀が渦巻いていました。貴族の女性を、寵妃候補にたてていたショワズール公爵と共に、リシュリュー公は、ジャンヌを担ぎだしたのです。
ルイ15世は、たちまち彼女に夢中になり、こうリシュリュー公に言っています。「ジャンヌは、私が60の老人であることを忘れさせてくれる。新しいセックス・テクニックを心得たフランス随一の女性だ」と・・・。実は、娼家通いの経験のない国王に、ジャンヌが特殊な性的サービスを施したに過ぎないのですが。こうして、ルイはジャンヌ・・・デュ・バリー夫人を公式寵妃として宮廷に迎えることになり、かつての娼婦は、フランス宮廷で並ぶもののない地位を築いたのです。・・・そう、アントワネットが、王太子妃としてフランスに来るまでは・・・。
 ルイ15世が逝去され、デュ・バリー夫人はベルサイユ宮を去ります。そして、1789年フランス革命が沸き起こると、他の王室関係者と共に逮捕されます。そして、‘恥ずべき快楽の為に人民の富と血を犠牲にした高等娼婦‘と決め付けられ、死刑を宣告されます。
 享年50歳。彼女の死は、フランス史上一つの時代の終末を示しました。彼女以降、フランス史に公式寵妃という正式の地位は存在しなくなるからです。

オスカル14歳
ぴかぴか(新しい)この画像は、アントワネットお引渡しの際に、ライン河の中洲からベルサイユ宮まで護衛した時のオスカルである。
14歳の美少女である。なんと、この時大尉という階級についている。現在でいうと、係長補佐の地位である・・・!
アントワネットも、あまりにもの若く美しいオスカルに目を奪われ、ノアイユ伯夫人に、「あの人は・・・?」と聞いている。更に、女と聞いて驚く。
この時、テレビ版ではオスカルはアントワネットのことを「あんなじゃじゃ馬」と発言しているが・・・徐々にオスカルはアントワネットとの友情を育みながら、彼女を守り続ける。
近衛というのは、王家をお守りする軍隊であり、容姿、家柄、人格など、より優れた者が選ばれた。いわゆる、王宮の飾り人形である。オスカルは、20歳の時に准将(今でいうと・・平取締約)に出世するが、黒い騎士を取り逃がしたということで、降等をアントワネットに願いでる。そして、近衛を辞め、フランス衛兵隊に入るが、その際父親のジャルジェ将軍に反対され、オスカルはきっぱりと言う。「私は人形ではありません!」と・・・。
マリーアントワネット
ぴかぴか(新しい)この画像は、アントワネットが牢獄中の絵です。
美しかったブロンドの髪も、恐怖の為に白髪になったということです。しかし・・・・実際の所、本当に白髪になったかは不明とのこと。
アントワネットは、最後の住まいのコンシェルジュリの牢獄で、ひっそりと寂しく死を待ちます。その王妃の独房は、粗末な藁布団と木のテーブルと椅子、それについたてと便器。それが、アントワネットに許された最後の家具だったのです。ベルサイユにいた頃の回りの家具とは、まるっきりの正反対です・・・。
その時の、お世話をしていたのがロザリーです。
テレビ版では、彼女がアントワネットに、近衛を辞めてからのオスカルの話しをし、アントワネットは懐かしいと涙を流すシーンがあります。
ロザリーは、アントワネットに最後まで親切にお世話をします。その温かい心づくしが、その時のアントワネットには唯一の心のよりどころだったそうです。
 処刑執行当日・・革命広場へと連れて行かれる間、アントワネットは何を思っていたのでしょう。あの、初めてパリを訪れたあの日・・・民衆からの大歓声に囲まれ、誰からも愛されていたアントワネット・・・。それが今では・・・「売女!はやく殺っちまえ!」「くたばれ!メス狼!オーストリア女!」などの、罵声を浴びせられている・・・。
その最期の最期まで彼女は王妃としての威厳を守り、あんなにも、ベルサイユで咲き誇っていた美しい薔薇は美しく散っていった・・・・。→アントワネット処刑台へ・・
マリーアントワネット
ぴかぴか(新しい)フランス最後の王妃である、アントワネット。この画像は、頭がでかくて少しやつれ気味な気もしますが、贅沢三昧の王妃の絵です。
なんと、衣装代だけで、年間10億円もかかったとか。
何しろ、朝起きてまず一番先に考えることといえば・・・「今日はどんな服を着ようかしら?」だったそうです。まず、女官がドレスの縮小見本をお目にかけ、その中からアントワネットがその日に着るドレスをいくつか選び出す・・・。
 直属デザイナーのベルタン嬢は、下層階級出身ながら、王妃との直接謁見を許され、ヨーロッパファッション界に君臨します。暇があると、王妃と二人で部屋に閉じこもり、ドレスのデザインをああでもない、こうでもないと、何時間も顔つきあわせて相談する有様。
なんでも、ベルタン嬢の作るドレスは、一着が6000万はしたとか。ファッション大臣ローズ・ベルタン
今なら、このドレス一着分で新築マンションが買えますし、お釣りもきます。それにしても、何を着ても似合うアントワネット。さすが、ファッション界のリーダーですね。→女性の拷問服・・ウエスト33センチ
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