処刑場へ処刑場へ向かうアントワネットのスケッチ
どんっ(衝撃)午前8時頃、アントワネットは、公判の時の未亡人の喪服から、刑場に行くための衣装に着替えをした。
上は白の普段着を着て、下は黒のスカートをはき、黒いリボンのついた寒冷紗の小さめの帽子をかぶった。もう、靴ははいている一足しかなかった。
午前10時頃、刑場に出発する準備をする為に、アントワネットの独房に、判事と死刑執行人サンソンが現れた。その時、彼女は彼らを案内してきた牢獄の鍵番に、「彼らは私を死刑にしようとしているのをあなたは知ってる?」と呟いたという。
しばらくして、彼女に近付いたサンソンは、「手を出しなさい」と言った。それに狼狽して二歩さがった彼女は、
「私の手を縛るのですか。ルイ16世の手は縛らなかったのに。」
と抗議したが、君の義務を果たしたまえ、と判事から命じられたサンソンによって、彼女は後ろ手に縛られた。
これは、ギロチンの刃が頭髪に妨げられることのないようにするためである。
午前11時15分頃、アントワネットは後ろ手に縛られたまま、普通の罪人にも使われる二輪荷馬車に乗せられて刑場へ向かった。
その日の沿道と処刑場には、彼女の救出を警戒するために3万人の憲兵が動員されていて、沢山の見物人も押しかけていた。
元王妃の荷馬車は、ゆっくり進み、セーヌ川を渡って、サン=トノレ街に出て、見物人からの「共和国万歳!専制を倒せ!」という声を浴びせられながら、右手のジャコバン・クラブの前を通過し、ギロチンのある革命広場(現コンコルド広場)に到着した。
その間、彼女は荷馬車の上に行儀よく、まっすぐに座って、見物の群衆を黙って見ていた。彼女は、付き添いの立憲僧侶とも一言の話しさえしなかった。
目は充血し、頬は赤らんでいたが、顔は青白く、乱暴に短く切られた白髪が帽子からでていた。その様子は、サン=トレノ街で彼女の姿を描いたダヴィットのスケッチに見事に表現されている。(画像)

革命広場に到着したアントワネットは、テュイルリ庭園の方を一瞥した後、誰にも身を支えられずに、身軽に荷馬車から降りた。
そして、毅然とした態度で処刑台の階段を上がり、自分で頭を振って帽子を落とし、死刑執行人に身をゆだねた。
そして、12時15分にギロチンの刃が落とされた。
死刑執行人が、血のしたたる彼女の首を掲げると、周りの見物人たちから「共和国万歳!自由万歳!」という歓声が繰り返しあがったという。

目見苦しい姿をさらすことなく、その首をギロチンに委ね、処刑されたアントワネット。
刑を執行したサンソンによりますと、「さようなら、子ども達。あなた方のお父さんの所に行きます」が、アントワネットの最期の言葉だったそうです。




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