兄ルイ・ジョゼフの死に伴い王太子となり、父の処刑によってルイ17世となったルイ・シャルル
両親と共にベルサイユを追われた時は僅か4歳。
父は断頭台へ上がり、母とも引き離されたシャルルは、革命市議会議員の靴屋のシモン夫妻に預けられて、革命思想の洗脳教育を受けます。
幼い子供の高い順応性は、あっという間に母を罵倒するほどの変化を示しましたが、1794年に再びタンプル塔に幽閉されてしまいました。
与えられるのは食事のみ。遊び道具も、話し相手もない薄暗い部屋で孤独な生活を送った彼は、1795年僅か10歳で病死しました。
しかし、彼の死亡時の状況に不明な点が多いため、サント・マルグリット教会の墓地に埋葬された少年は、ルイ・シャルルの身代わりで、本人は脱出に成功して生存しているという説が根強く囁かれました。
実際に、何人もの人間が自らをルイ・シャルルと名乗って現れたこともありますが、2000年、墓地に埋葬された少年の心臓と、母であるアントワネットの遺髪によるDNA鑑定が行われ、少年とアントワネットの親子関係が証明されました。
国王の遺体は、心臓を身体から摘出して別に保存するしきたりがあり、少年の遺体も同様に処置されて心臓だけが密かにサン・ドニ大聖堂へと運ばれていた為、鑑定が可能となったわけです。
やはり、可哀相な少年はシャルル本人だったのですね。
まだ幼いのにもかかわらず、酷い仕打ちを受けたシャルル・・・。安らかに眠って欲しい限りです。
まなちゃびんと申します。
グーグルで検索をしていましたら、ここのサイトにたどり着きました(@@)
ベルサイユのばらは、昔から好きでした〜(>。<)
特に、オスカル様は理想の人です(;:)
こちらの記事についてですが、シャルルは、とても可哀相な人生だったわけですね。
すり替え事件があった事は全く知りませんでした(++)
これから、勉強させてもらいます!
オスカル様が好きなのですね!男よりも男らしくてカッコイイですものね!
ルイ・シャルルは、罪もないのに可哀相な子でした。
男だから、姉のマリー・テレーズとは全く違う扱いをされてしまったわけです。
王家で男が生まれると、世継ぎになるわけですから歓迎はされましたが、革命が起きた場合には、その性別が命取りとなるわけです。
恐ろしい時代ですよね。
また、遊びにきてください!!☆