コンコルド広場にて
この写真は、コンコルド広場です。この、コンコルド(当時は革命広場と呼んでいた。)に据えられた断頭台の上で、王妃マリーアントワネットルイ16世をはじめとする王室一族、王党派の人間ばかりか、ロベスピエールサン・ジュストなど、革命家の申し子たちを含めた多くの命が奪われていったのです。
 この、コンコルド広場の元の名称は、ルイ15世広場と呼ばれていました。ルイ15世の騎馬像を飾るために、1755年からおよそ20年をかけて造られ、ルイ16世とアントワネットの婚礼の際にも使用されましたが、革命時にはその騎馬像も破壊され、名称も革命広場と改められたわけです。
 1795年、恐怖政治の終結と共に、名称も調和の意味を持つコンコルドとなって現在に至るというわけです。
 写真に写っている方々は、笑顔で振り返ったポーズで撮っていますが・・・この場所は、革命時には沢山の犠牲者をだした、血なまぐさいギロチン場所なのが事実なのです。
 




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