どんっ(衝撃)マリーアントワネットの愛人であった、スェーデン出身のフェルゼン伯
彼は、アントワネットとルイ16世一家を、革命派の手から逃亡させようと計画を練り、実行する。しかし、そんな必死の助力も実を結ばず、民衆の怒りは王妃を処刑台へと運んでしまう。そして、フェルゼンの命を奪うのも、また民衆の怒りだった。
 1810年、フェルゼンがオーストリア国王元帥の資格で、スェーデンのクリスチャン皇太子のお供をしていた時であった。皇太子が、閲兵の最中に脳溢血で急死したのだ。すると、皇太子の死は、フェルゼンに毒殺されたものだというデマが流れた。
葬儀に参加すれば命はない、という脅迫の手紙が何通も彼の元に届いた。勿論、フェルゼンはこれを一笑に付し、堂々と葬儀に参列した。が、やはり事は起こったのだった。
 暴徒が、彼の馬車に向かって石を投げたのをきっかけに、フェルゼンは舗道に引きずり下ろされた。そして、1人の大男が、仰向けに横たわる彼に飛び乗り、体を踏みつけて踊った。肋骨が折れ、頭蓋骨が踏み砕かれたのだ
衣服はズタズタに引き裂かれ、かなりの時間、彼は裸のまま排水溝の中に転がっていたという。既に、意識はなかった。
目結局、フェルゼンも愛するアントワネットと同じで民衆に殺されてしまいました。特に、最期は悲惨な終り方です・・。この彼が亡くなった日は、あのちょうど・・・・国王一家が逃亡をばれた日・・バレンヌ逃亡事件の日と同じ6月20日だったということですが、それについては事実なのかはわかりません。




この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。