デュ・バリー夫人
ぴかぴか(新しい)ポンパデウール侯妃の死後、ルイ15世の寵妃になるのが、このデュ・バリー夫人こと、ジャンヌ・ベキュ。
1743年、パリ郊外に尻軽な町の料理人の子として生まれた。父は、何処の誰だかわからない私生児。
洋装店の売り子だった20歳の時に、デュ・バリー伯爵と出会う。昼間はヒモである伯爵の指図で娼婦として働き、夜は彼とベッドを共にするという生活をします。この時の客である、リシュリュー公という人物によって、ルイ15世と出会うことになります。
当時、ルイ15世の公式寵妃を誰にするかで、宮廷内に陰謀が渦巻いていました。貴族の女性を、寵妃候補にたてていたショワズール公爵と共に、リシュリュー公は、ジャンヌを担ぎだしたのです。
ルイ15世は、たちまち彼女に夢中になり、こうリシュリュー公に言っています。「ジャンヌは、私が60の老人であることを忘れさせてくれる。新しいセックス・テクニックを心得たフランス随一の女性だ」と・・・。実は、娼家通いの経験のない国王に、ジャンヌが特殊な性的サービスを施したに過ぎないのですが。こうして、ルイはジャンヌ・・・デュ・バリー夫人を公式寵妃として宮廷に迎えることになり、かつての娼婦は、フランス宮廷で並ぶもののない地位を築いたのです。・・・そう、アントワネットが、王太子妃としてフランスに来るまでは・・・。
 ルイ15世が逝去され、デュ・バリー夫人はベルサイユ宮を去ります。そして、1789年フランス革命が沸き起こると、他の王室関係者と共に逮捕されます。そして、‘恥ずべき快楽の為に人民の富と血を犠牲にした高等娼婦‘と決め付けられ、死刑を宣告されます。
 享年50歳。彼女の死は、フランス史上一つの時代の終末を示しました。彼女以降、フランス史に公式寵妃という正式の地位は存在しなくなるからです。





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